車のこと。(めぐりあい篇)

2016.10.10

車のこと。(めぐりあい篇)

メルセデス・ベンツの哲学、「最善か無か(Das Beste oder nichts.)」。
「全ての形に理由がある」と言われるほどの質実剛健さで、妥協の無い車を創り続けていた。
それは自分たちクリエイティブに関わる者が目指している場所ととても良く似ている。

父が車屋だった。
いつもベンツに乗っていて、「THE 小さな会社の、人の良い社長」といった風情。
たまに大きな車に乗ってきたり、色々な車に乗って来たりしていて、
自分の店の車だから自由に楽しんでいるのだろうと思っていた。

若い頃はラリーに出ていて、生死の境を彷徨う怪我をしたと母が言っていたが、
実の父のことながらあまり良く知らない。

バブル時代は昔は何人かで会社を作ったりしていたらしく、
小さい頃に会社に連れていって貰い、それなりに大きい会社だったと記憶している。

バブルがはじけた頃、気づいたら会社の場所も変わっていた。

当時の自分は「バブルがはじけた」のが原因なのだろうと思ったが、
もしかしたら、共同経営者と喧嘩したとか、何か理由があったのかもしれない。
数年前にその会社を畳んで、今はベンツのディーラーで働いている。

幼い頃から父との距離は離れていた。
ほとんど仕事で帰ってこない割に、なぜかPTAの会長など
精力的に活動する父はその頃の自分にとってちょっと恥ずかしく、
ちょっと苦手な存在だった。

車には、そんな父のイメージが強く、反発する気持ちなのか、あまり興味を持てなかった。
高校の時、田舎なので「就職する時には免許がないと不便」と周りに言われて免許を取りにいった。

この時に視力をはかったら0.6以下で、とりあえず眼鏡が必要になった。
どうりで黒板の時が見にくい訳だ。
どうりで部活のボールが見にくい訳だ。
とその時に気づいた。

自動車学校はまでは3kmぐらい。
その頃は冬で、雪が積もっていたので、
2kmぐらい白い田んぼの上をザックザックと歩いて、広い空を眺めながら通っていた。
無になって色々考える時間。
贅沢な時間の使い方だ。

免許を取った後、家の車を借りて運転したりもした。
カーナビのない時代、初心者がいく場所と言えば、
自転車の行動範囲ぐらいだったので、別に何も楽しくもなく。
興味もなかったので、数回運転してそのままペーパードライバーに。

それから十数年が経ち、運転をしたのが、息子が生まれる時。
妻の実家に一緒に里帰りした際に、フィアットを運転させて貰って、
京都の京都タワーと、ラーメン屋ぐらいいったのかな。
すごく緊張していたのを思い出す。

あとは旅行でレンタカーのマーチ、ウイングロードを運転した。
正直いつも緊張しているのと、年に一回ぐらいしか乗らないので、
乗り心地やそれぞれの車の違いなどは全然わからなく、車への興味もあまりなかった。
とりあえずウイングロードは広くて便利だったのだけが好印象だった。

そして、妻が娘を妊娠し、その年に鎌倉に家を買い、引っ越すことになった。
近くの病院までは電車でけっこうかかるので、車が必要になり、
できれば新築に家に合わせてこだわりのあるかっこいい車が良いと考えたが、
子供が二人になる今後のことを考えて、とりあえずタクシーを使うか、
などを検討した結果、最終的に日産のノートを買うことにした。

車のことは良く知らないが前にMINIの仕事をしていたので、MINIがいいかなと思っていたのだが。
けっこう値が張るので「いつか買うかも?」と少し先に伸ばした。

その時にふと、「父に聞いたら何かオプションや値引きとかあるかも」という軽い気持ちと、
一応、はじめて車を買うので報告がてら言っておこうと思った。

「車買おうと思ってる、運転が苦手だし小さい車でいい。黒いノートを考えてる」
と伝えるとちょっと探してみると言われて、少し待つと、
「ほとんどペーパードライバーだろ、車だったら何でもいいだろ」
と言われ、
「別にいいけど、何かあった?」
心の中ではすでにノートで当時CMやってたニノのようにさっそうと運転する気持ちだったのだが、、、
「ベンツの良いのがあるから」
…。
……。
………。
ゲェー! よりにもよってベンツかー!
という気持ちだった。
苦手な車のイメージの象徴である。

「妻と相談する」
と電話を切った。

「うーん。ノートのほうがかっこいいような……」
とその前の年に運転したウイングロードの好印象で気持ちは「日産いいじゃん」となっていた。
国産のほうが壊れないんじゃない? という気持ちもあった。

妻にことの顛末を話したら、
「え? ベンツ? あなたのイメージじゃないよ。……でもせっかく勧めてくれているのだから」
と言ってくれたので、思い直し、結局うちにくることになった。

そんなこんなで我が家にやってきた車。

デザインは、そこまで気に入ってはいない。
走りに関しては比べる知識や運転の経験も少ないのでよく分からない。
とにかく、最初は「何か、よそ者がきたぞ!」といった感じだ。

そして、あまり運転することもない。
乗るのはたまの旅行や娘が生まれるので、病院への検診に行く時。
そのぐらいだ。

ただ、少しずつ、車のお祓いで鎌倉の鶴岡八幡宮に行ったり、
長野や山梨に旅行に行ったり、夏には息子と洗車したり、
娘が生まれて、病院と家を息子と往復したり、
退院の日、新しくチャイルドシートに娘を乗せたり、と思い出の隣に、
この車が寄り添っていることに気づく。

同時に、思い出を共有している家族として、感謝と愛着がわいてくる。

気に入っていなかったデザインも今では愛嬌に感じたりする。
車は思い出の数だけ、愛着がわく。
運転したくてウズウズするので、あえてちょっとそこまで運転してしまう。
こんな気持ちは車を持っていなかった時にはなかった感情だ。

息子も車に乗るのが大好きだ。
おでかけできるから、楽だから、心地よいから、そんな理由だと思うが
この車が好きなようだ。

この車がこれからも色々な思い出を家族と共有していくのだろう。

こどもたちの子供時代の思い出の中には、いつもこの車があるのだろうか。

と、チャイルドシートがきつくなってきた息子の成長を見ながら思うのであった。

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